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「よいせ、っと」

跳ねるようにして自転車から飛び降り、アイスの棒を草むらへ放り投げて、彼はベンチの上へ寝転がって大きくノビをした。
瞼を閉じた途端、夏の音たちがひときわに耳の奥へ響き渡る。
風に擦れる草のこえ、堰に崩れる水のうた、降り注ぐ蝉しぐれ…、切れ間無く永遠のように続くそれらの音たちが逆らいがたい眠気を運び込む…。

……。

…………。

どれくらいの時間、眠っていたのか、正確なところはわからない。アイスでできた家の夢を見ていたので、寝入り端でなかったことだけは間違いないが、その他のことはわからない。
とにかく、彼はまさにクリームでできたソファに顔から飛び込まんとするところだったが、しかし、それは果たされなかった。
唸るような、不吉な気配を含んだ音が氷の窓ガラスをカタカタと震わす。

以前聴いたことがある。なんの時だったか。防災訓練だ。訓練で聴いたものより遥かに遠く、か細く、息も絶え絶えといった風情だが…、鳴っている。
サイレンが鳴っている!

「あぉっ」

驚きに全身の筋が収縮し、彼はソファ、ではなくベンチの上から逆さまに転がり落ちた。

「なんや夢か…、」

アイスの家は夢だった。しかし異音は鳴り続けている。これは夢ではない。空襲だ。

「まさか」

爆撃機が来たのだということを認識し、そのうえで最初に零れ落ちた言葉はそれだった。
まさか本当に来たのか、そんなはずはない、この目で見なければ到底信じられないという思いで彼は川原の土手を駆け上った、
おそらくはたった数十秒の間であっただろうが、このときの彼には、自分の身体の動きが鈍く感じられて仕方なかった。
這うようにしてようやく辿りついた土手の上からようやく望んだその空には、明らかに見慣れない物体が浮かんでいた。

なぜ、まさかと思ったのか。このとき大阪は戦時下だから、空襲を告げるサイレンが鳴ることはおかしくはない。
しかし実のところ、大阪市民の大多数は彼と同じくこの事態を想像していなかった。当時の大阪軍が誇った高射砲部隊は、いくらかの時が経った今となっても並ぶものがないとすら言われる。
市街地の上空に侵入されるはずがないという自信と誇りが、皮肉にも被害を桁外れに大きくしたのだ。

だが、この空を目の当たりにしては、、もはや自己暗示もあったものではない。爆撃機の編隊が幾重にも折り重なって、今まさに米粒のようなものをばら撒いていた。瞬きする間もない。


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