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にわかに自分の中に沸き起こった、面倒くさいような何も話したくないような気分に襲われ、山崎は視線を床へ落とした。そして、それを咎められるよりも早く、クルリと前田に背を向けた、その先にあるのは玄関だ。
「どうした。どこ行くんじゃ」
「ちょっと、頭冷やしてきますわ。すぐ戻ります」
「ちょい待たんか、おい、待て言うとるんじゃ、聞こえんのか」
その背を追わねばと前田は焦った。直接に頼まれこそしていないが…、前田は最低限、永川が戻ってくるまでの間、山崎を目の届くところに置いておく義務のようなものを負っていると考えている。
それは前日に森野との戦力の摺り合わせを初めて行ったとき、永川が発した言葉に拠ったものだ。
『 例の洞穴に、今もヤツの根城があるんじゃないかと俺は踏んでいますが、最後に俺がこの目で現場を見たのは、もう10以上年も前です』
『直前の偵察は必須と思います。これをせずに突撃することは、あまりにリスクが大きすぎます』
『といっても、俺はそういうの苦手だから、そのへんは得意な人に頼むことになる、でしょうけど…』
「得意な人、のぉ…」
昨日と同じ言葉を、前田はまた、今度はひとり、溜息交じりに吐き出した。身内で実践に耐えそうな偵察用の人材といったら、それはもう山崎を名指ししているようなものだ。彼が言葉どおりにすぐに戻ってくるのならいいが、仮にそうでなかった場合、代役がすぐには用意できない。
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