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この病院に緊急で搬送されてくるというそのことだけで、もう、何の患者だか、誰にでも推察できるだろう。
担架には毛布がかけられ、上に乗せられた人物がどういう状態なのかを垣間見ることはできなかったが、少なくともスラィリーの襲撃を受け、かつ自力で歩けないということだけは確かだ。
…スラィリー感染症によって昏睡状態になった場合、その回復はきわめて難しい。
にわかにバタつきだした院内をぼんやりと見つめながら、顔も見ずに一瞬すれちがったその誰かの無事を、森野は祈らずにはいられなかった。
「何ボケっとしてるんだ」
「あ、ああ。何でもない」
同じ光景をいま目にしたはずの永川が、まるで何も見なかったかのように声をかける。
スラィリーに人が襲われるということが半ば日常化してしまっていて、いまさら目の当たりにしたところで、何も思うところがないのだろう。
「行こうぜ、どっかメシ食いに。バーミヤン行こうぜ」
「いや…、中華は気分的に…、ちょっと重いな」
「そんなら何が食いたい」
森野の思いなど知る由もなく、永川はしきりに食事に行きたがった。貴哉が怪訝そうな顔をして腕時計を見る。
「ていうか、まだお昼には早いと思うけど」
「何時」
貴哉は無言で袖を少し捲り、永川に腕時計を見せた。時刻はまだ11時を回っておらず、たしかに昼食には少し早い。しかし永川はそれを知って、なおかつ不満そうな顔をした。
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