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森野の言葉に対し、永川は特に否定も肯定もせず、ごく無難な回答をした。しかしそれが暗に肯定をあらわすのだということは鈍感な森野にもわかる。
まして、体格がよく、顔に難がなく、広島では有名で、なんといっても金をもっている。これで出会いがないはずはない。
おそらくは、意図的に遠ざけているのだろう…、と森野は思った。それが女かどうかに関わらず、だ。
彼は他人を信用しない。特殊な環境で育ち、ゆえに少し歪んだ価値観を持って、ごく限られた人間関係のなかで、この土地に縛り付けられて生きている。
自分はその風穴となり得るのか…、と森野は注射跡の絆創膏を押さえながら考えた。
いや、風穴程度はとっくにあけてしまったのかもしれない。もう戻れないところまで来ている。それだけは確かだ…、
と、そのときだった。突然、カーキ色のホロを被った軍用車が轟音と土煙をたてて視界に現れた。
軍用車は急ブレーキをかけて病院の玄関口へ横付けし、そして停車するかしないかくらいのタイミングで、中から軍服が数人飛び降りてきたかと思うと…、次には担架が降ろされた。
「…自衛隊だな」
ものすごい速さで担架が脇を通っていくのを見送りながら、永川が誰に聞かすともなくつぶやいた。
もちろん、ひと目でそれとわかる装備をしているから、それが軍隊、つまり広島自衛隊だということは、言われなくても森野にもわかる。
「やられたのか…」
「まあ、そうだろうな」
「…」
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