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岸本は先に述べたとおり痩身ながらも上背があって体格がよく、また厳しい環境下で育ったために負けん気も人一倍強かった。
軍の訓練所で行われるスポーツや武術の類でも相当な強さを誇り、定期的に行われる大会では常に上位にその名を連ねた。
その、何かの大会で優勝した後のことだった。彼はシャワーで汗を流したのち、小隊の皆が開いてくれる祝勝会へ出席するため、髪から滴る水を拭きつつ、ドアを引いて廊下へ出ようとした。そのときだった。

「おい、おまえ。岸本、言うたな」

背後から呼びとめる声に驚いて振り向くと、そこには当時の横浜陸軍国境警備部隊の最高責任者、佐伯貴弘が立っていた。

「は、はい。自分は岸本秀樹一等兵であります!」

一兵卒の自分がこれほど大物の軍幹部に呼びとめられるなど、一体何事かわからない。岸本は全身を硬直し、針金のように敬礼の姿勢を取った。

「何やねん、んな、硬くならんでもエエがな。こっちも緊張してまうわホンマに。折角陸に上がったばっかりなんやから、ちょいと、のんびりさせてちょーだい」

佐伯はそう言うと、ニヤリと笑った。折角陸に上がったというのには少々の訳があり、佐伯は元々、陸軍の人間ではない。彼は横浜の誇る最強艦隊の提督と呼ばれる身分であったが…、
直近の作戦で少々のヘマをやらかし、軍律に従って示しをつけるために、期間限定で陸軍へ左遷されてきていたのだった。

「は、し、失礼しました」
「せやから。もっとリラーックス」

海軍のエースたる佐伯にとってこの左遷は勿論不本意であろうが、しかし、陸に上げられてしまったものは仕方がない。しかも、1年が経過すればまた海軍に戻れることは決まっているのだから、
彼にしてみれば、少しの間最前線を離れることができ、あるいは多少、バカンス気分でいたものかも知れない。


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