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「ま、急にそんなん言われても無理やんな。ワイが言うときたいのはアレよアレ、お前さんのさっきのアレな、見せてもろうたんやけど。なんちゅうの、攻撃は最大の防御?」
「はい」
「て、思うてやっとるやろ?」
「…は、はい」
佐伯の指摘は図星だった。仮にそうでなくとも、この時の岸本に、これ以外の返事ができたかどうかはわからないが…、ともかく、その返事を聞いて、佐伯はしたり顔でうなずいた。
「うん、間違うてないよ。お前さんの考えは正しい。っちゅーのは、コレは訓練やからな」
佐伯の言っていることが、岸本にはすぐに理解できなかった。それを承知で、佐伯は続けた。
「せやけど、実戦は訓練とちゃうで。大会の相手はよー見知った同僚やけど、実戦は相手の実力も正確にはわからへん。もしかしたら、自分が持ってる力を全部出し切ってもかなわんかも知れへんやろ?
せやさかいな、損害を最小限に抑えること、自分や仲間が生きて撤収できること、コレも常に頭入れとかんかったら、あかんよ」
「…はい!」
「話はそれだけや。みんな待っとるんやろ、早う行き」
「有難う、ございました!」
…佐伯は公平な人間だった、あるいはすぐに去ると決まっている陸軍にさほど興味がなかったために、これによって岸本の扱いがその後良くなるということはなかったが、この言葉は岸本の胸へ確かに刻み込まれた。
このとき佐伯が岸本に声をかけたのは、単なる偶然、気まぐれのためではなかった。岸本は訓練での成績が優秀であったために佐伯の目にとまり、
そしてその戦い方がいつも無鉄砲すぎたために、佐伯に慣れない説教をさせた。
今時あれだけギラギラした若者は珍しい、と佐伯は岸本を見るたびに思った。そして、このまま放っておけば近い将来に失われるであろう、その命を惜しんだのだ。
しかし、岸本の横浜陸軍時代の特筆すべき思い出といったら、これ位のものかもしれない。
なんといっても国境警備の任務は退屈だった。ただ対岸の軍事施設を交代で見張るだけの日々が延々と続いた。
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