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そうしているうち、車のエンジン音が遠くから聞こえてきた。それはだんだん近づいてくる、ように聞こえる。

「お、やっと来たか…、9時半に来いって言ったのに。15分遅れだな」

ポケットから出した懐中時計を見ながら永川はつぶやいた。迎えを頼んでおいたから、とは森野も聞かされていたが、時間を指定していたとは初耳だ。

「じゃあ、定刻に来てくれてたら、こっちが間に合わなかったんじゃないか」
「いいんだよ、こっちが待たす分には」
「そんな身勝手な…」
「気にすんな」

森野は当然の戸惑いを見せたが、永川は全く意に介しない。

「それにしても、いちいち移動のたびに運転手ごと車を呼びつけるなんて、いい身分だな」
「俺は車持ってないからな」

二日酔いで頭痛がするのだろう、こめかみのあたりを拳でグリグリと押しながら、永川はサラリと答えた。森野は皮肉のつもりで言ったが、永川には通じなかったらしい。

「なんで持ってないんだ。金はあるんだろ」
「免許がない」
「ああ…」

納得したとも呆れたとも取れるような調子で、森野は相槌を打つ。もしやとは思っていたが、そのもしやだった。

「一応聞くが、なんで」
「なんで、って。自分で車転がしたいと思ったことなんてないね。乗っけて貰うほうがラクだ」
「女みたいなことを」
「実際そうだろ。なんたって面倒だ」


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