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「喉がかわいたので、麦茶を少しいただいた。無断で、申し訳ないとは思ったんだが」
「それはいいんだ。そのとき、冷蔵庫の中段の手前のほうに、油揚げの袋がまだあったかどうか…、」
「油揚げ…?」
「いや、そんなこと覚えてるわけないよな。気にしないでおいてくれ」
永川は軽く笑顔をつくって見せたが…、森野には大いに心当たりがある。
「その油揚げが…、どうしたって」
探りを入れるべく、森野は聞き返した。永川は首を傾けて筋を鳴らしながらそれに応える。
「いやね、昨日話した狐がな、油揚げに目がないんだ。やまちゃんが毎日くれてやってるはずなんだが、普段は澄ましてやがるくせにどうも油揚げにだけは意地汚くてな」
「はあ」
「冷蔵庫を開けてつまみ食いしやがるわけだ。お師匠さんは放っとけって言うんだがね、切らすとまた買いにいかないとならなくて面倒くさいだろ、だからやまちゃんに頼まれて、昨日、冷蔵庫に護符を貼っておいたんだが」
「……」
「あの程度じゃ効果ないのかな。見くびったぜ、あれでも神様みたいなもんだからなあ。即席の護符じゃダメなんだな、もっと気合入れて作った奴じゃないと…」
「…そうか、大変だな」
護符の効果はてきめんだった、などとは口が裂けても言えない。ブツブツと独り言を言う永川の顔を見ずに、森野は懸命にシラを切った。
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