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その後は、2時間ほども飲んでいただろうか。酒盛りがお開きになる時に、水を多めに飲んでおけと永川は言っていた。言われた森野は素直にそうしてから寝たが、量が足りなかったのかもしれない。
しかし多量に飲んで寝たところで、今度は尿意で目が覚めるだろう。結局は同じことか、と思いつつ…、森野は布団を抜け出した。向かう先は台所だ。
暗い廊下をそろそろと歩いて、その奥のやや立て付けの悪い戸を引き、目をこすりながら森野は台所へ足を踏み入れた。そしてその次の瞬間…、口から心臓が飛び出るほどに驚いた!
そこには、赤い袴の男がうずくまるようにして床に座っている。その男は森野の顔を見ると、にやりと笑って、口を開いた。
「あら、丁度いいところに」
「だっ、誰だ!!」
森野は咄嗟に身構えた。目の前の相手から、ただならぬ気配を感じたのだ。
「名乗るほどのものじゃ、ございませんがね。まあ、この家の者ですと言っておきましょうか」
男は耳の少し後ろのところをちょっと掻きながら答えた。いや答えにはなっていないが、仮に詳細に自己紹介されたところで、夜中に台所の床にうずくまっている行為に対する疑念が晴れるわけではない。
そもそも人間なのだろうか、まさか妖怪の類なのか…。これ以上の追及をすべきかどうか森野が迷っていると、男のほうが先に切り出した。
「あなた何か御用があって来たんじゃないんですか?」
「あ、ああ」
言われて森野は、少しどもりながら答えた。
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