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「喉が、かわいたので。少し、み、水を」
「それだったら、冷蔵庫にありますよ」
「いや、そんないい水でなくていいんだ。水道水で」
そう言って、森野は流し台へ歩み寄ろうとした。すると男は急に立ち上がり、森野の目の前へ手のひらを出して、それを制した。再び、森野の驚くまいことか。
「な、何をする!」
「まあ、そう仰らずに。この冷蔵庫を開けてほしいんです。お願いしますよ」
「冷蔵庫を…?」
男に促されるまま、森野は奥へと歩みを進め、問題の冷蔵庫を見た。しかし、なにか変わったところがあるようにも見えない。
「…開かないのか?」
「私ね、ちょっと、触れないんですよ」
「というと…?」
「ここ見て下さい」
男は冷蔵庫の取っ手を指差す。暗くてよくは見えないが…、顔を近づけてみると、なにか護符のようなものが貼り付けてあるのがわかった。
「これで、触れないのか」
「そうですそうです。でも、人間様ならなにも問題ないハズ。お願いしますよ」
男は低い声を余計に低めて言った。人を人間様呼ばわりするということは…、つまり。
「お前、やはり、妖怪…、」
「失礼な!」
「うわっ」
森野が『妖怪』と言った途端、男は身を乗り出して憤慨した。台所の空気が一瞬にして張り詰める。
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