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「言っておくが、俺は英心がどこで何人殺そうと興味ない。元々スラィリーハントてのはそういうもんだ。そこに英心がいようといまいと一定の死人は出る、知らずに喧嘩売る奴が悪い。
だが兄貴を黙らすにはああやって言うのが一番効果的だからな。兄貴はここじゃ何も修業してないが、後になって何年か京都に出て、それなりに仕込まれた修験者だ。あれでも法力持ちさ。
だから肝心なときに邪魔されちゃかなわん、納得のうえで黙っててもらわないとならない。だからああ言っただけだ」
「永川、それは」
人として言ってはならないことだ、と森野は思った。しかし勢いのついた永川は、それも遮って喋り続ける。
「大体あんた軍人だろうが。それが、人が殺されてるだと。英心の批判できる立場か、笑わせるな」
永川にはひと息つくまでとりあえず喋らせ、それから森野は少し間を置いて、頭の中を整理してから口を開いた。見た目に反して意外に弁の立つ永川に対抗するには、こうするしか手段がない。
「お前は軍人じゃない。軍のことは何もわからんはずだ」
「わからんね」
「それなら安易に批判をするな。軍人にだって、人間の数だけ想いはある。悩みもある」
言われて永川はハッとした。彼は個人的に軍と名のつくものが好きでないから、つい口が滑ってしまったのだ…、
しかし、その気持ちを森野にぶつけることは間違いだと気づいた。倉の言葉を借りるなら、世の中にはどうにもならないことがある。それは百も承知だ。…迂闊だった。
「…悪かった」
「いや」
謝罪を述べる永川に対し、森野は軽く返事をした。別に誇りを傷つけられたとか、そういう訳ではない。軍とはつまるところ殺し合いのための集団だ、それを認識できない森野ではない。
永川の言っていることも、間違いではないのだ。
「でも俺は別に…、世のために英心と戦いたいわけじゃない」
うつむいたまま永川は、ぽつりとそうつぶやいた。…俺はそんな大したものじゃない、そんな気持ちが言外ににじみ出る。
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