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まさか、そんなことで…、森野は驚きを隠せなかった。
てっきり鬱陶しいからつい腹を立て、カッとなって殴ったものと…、いやそれも充分、どうかとは思うが、
そんなもの…、言わせておけばいいのではないのか。
マサユキの言うことに、いちいちそんな口止めをしなければならないほどの信憑性があるとはとても思えないし…、実際に森野自身、あのマサユキの言葉を真に受けたかと言えば、全くそんなことはない。
あれで永川が大人しくしていたのならばまだしも、倉に対して、犠牲を出しているだとか殺すだとか、マサユキの目の前で散々怒鳴り散らしていたわけだから、
改めてマサユキにそう言われたところで、別段、驚くこともなかったのだ。
「こう申しますのも何ですが、彼が何を言ったところで…」
言ったところで、誰が信じるものでしょうか、そう言いかけて森野は口を噤んだ。倉に対しては失言だと気づいたからだが、少しばかり、気づくのが遅い。
しかし折角森野が形だけ憚って見せたその続きの部分を、倉はいとも簡単に口にした。
「ええ、確かに、マサユキの言うことをそのまま鵜呑みにすることはできません。表現は稚拙ですし空想癖もあります、そのうえ、夢と現の区別も曖昧ですが」
倉は一度言葉を切り、呼吸に従って小さく上下するマサユキの肩の辺りを気遣うように見やってから、再び顔を上げ、森野へと視線を戻した。
「しかし、人の心を読みます」
「なんと…!」
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