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「帰り際、院長に、今後どうなるのかと尋ねましたら、やはり長くは預かれないという回答でしてね。
確かに身体が回復している以上、次の患者が待っていますから、病院としては早く外へ出したいというのも理解できます。
それに、何分、さっき申しましたような有様です、食事をさせるのにも大変な手間がかかりますし、無理に言うことを聞かせようとすれば暴れますしね。病院のスタッフもだいぶ疲弊しているようでした。
院長の言うには、ちょうど民間の研究機関から、彼を引き取りたいという打診があったとのことで、
それは願ってもないが…、しかし彼の現状を考えれば、介護に慣れた人間のいない、また監視の目も届きにくい場所で、一体どんな扱いを受けるか、と」
倉は言葉を切って、目で森野に同意を求めた。
「…勿論、悪く考えたくはありませんでしたが」
「確かに、想像はつきます」
平常に暮らす市民でさえ、ややもすると満足な医療を受けられないこともあると言われる広島だ。研究対象として価値があるとはいえ、身寄りのない精神病者の人権がどれだけ尊重されるかは疑問符のつくところである。
「ということは、それで」
「ええ、帰って一日考え、翌日、私がお引取りしますと申しました。
当寺では…、スラィリーハントに関わった、無縁の仏様の御供養もしておりまして。亡くなったものはお引き受けしているのに、生きているものを捨て置くのではね、いけませんから」
「なるほど……」
その志に森野は感動を覚えたが、永川はいかにも興味がないといった様相で、おそらくここ数日を供え物として過ごしたのであろう、幾分みずみずしさの失われた小さなミカンを剥いている。
そして話題の人、マサユキはと言えば…、ただ話に相槌を打つばかりの森野を観察することに飽きたのか、専心に枝毛を探して毟っては、畳の上へ払い落としている。
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