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「な、」

見るな見るなと心に唱えていたにも関わらず、不測の事態に際してその意識が途切れてしまい、森野は反射的に振り向いてしまった。驚きに喉が硬直し、まともに言葉が出てこない。
そして不本意にも視界に入ってしまった影の、その正体は…、男だった。ただでも薄暗い中、長い髪を垂らしていて表情はよく見えず、これまた長い着物を羽織っているため、体格さえもわからないが…、
しかし、明らかな猫背にも関わらず、身の丈は森野と同じくらいある。そして唯一これだけが、目の前の人間を男と判断し得る材料だ。

「何か…?」

それでも、どうにか喉を動かし、表情に露骨な警戒の色を見せながら、森野は応えた。しかし男は黙ったまま、片腕をスゥと上げると…、森野の張った警戒線をいとも簡単に侵犯し、あろうことか、その指で、いきなり森野の顎裏を撫でたのだ!

「…カワイイじゃん?」
「ぎょあっ、な、何するんだ!」

森野はどこから出たのかわからない声を出して、考えるよりも速く男の腕を打ち払い、後ろへ飛び退いた。しかし男はその森野を追うでもなく、突然、けたたましい声で哄笑した!

「ぎゃははははは!本気にしちゃってんの!!バカじゃん!!!」
「え…、」

何が起こったのかわからず呆然とする森野を、男は真正面から指差し、鬼の首でも取ったかのように罵倒する。

「お前自分がカワイイとでも思ってんのかよ!?キャハー、ありえねー!!」
「こらっ、失礼だろう!やめなさい!」

倉が強い語調で諌めるが、男はまるで聞いていない様子で、さらに悪辣な言葉を並べる。
森野とて、何も言われなければ、当然、自分が可愛いかどうかなどとは考えもしないが…、
ドアラに似ているだの、子供のころと全然変わらないだの、丸顔だのと日常的に言われているから、自分の顔が決していかつい部類には分類されないことは充分承知している。
よって、言われた瞬間に、そういった心当たりが脳裏に全く浮かばなかったと言えば嘘になる、もっと言えばこの迫力のない顔つきに、森野は少しばかりの劣等感を持ってさえいる、
それを…、


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