257

まるで見透かされたかのように突然からかわれ、怒りを覚えるより前に、森野は、まず、戸惑いを隠せなかった。
動けないでいる森野が余程可笑しいのか、笑いは一向に収まる気配がない。その笑い声もまた、さらに森野の身体を強張らせる…、
なぜなら、率直に言って、まともでないのだ。夜間にも関わらず、裸足でバタバタと畳を踏み鳴らし、タガが外れたような大声をあげる、真っ当な成人のすることではない。
加えて、骨と皮ばかりの腕、ぼさぼさに伸びた髪、傷んだ着物、男と思えないほどの甲高い声色も、何もかも、すべて、気色が悪い!

「ウキャキャキャキャ!ヒャヒャヒャ!!」
「ほら、気にしなくていい、見てのとおりだ、相手にするな」

いつの間にか背後に立っていた永川の声に、森野はハッとして我に返る。
永川は森野の腕を掴むとやや強引に横へ引いて退かすと、かわりにズイと割って入った。

「やめろと言われたんだ。わからないのか。それとも殴られたいのか!?」

威圧的にそう言い放つと、永川は右手で拳を作って男の視線の高さへ上げた。それを見るが早いか、男は着物を翻して逃げ、倉の背後へ身を隠す。

「うひゃあー、怖ぇー、ウヒャヒャヒャ」
「…申し訳ございません、決して悪気があるわけではないので…」
「いや、どこがだよ。悪気しかないだろ」
「余計なこと言うんじゃないの。…どうかお察し下さい、ご勘弁を」

倉が深々と頭を下げれば下げるほど、その背後のニヤケ顔がよく見える。挑戦的な視線で、森野を見ている。

「いえ、それは全然、構わないのですが…、」
「…マサユキ、あっちへ行ってなさい。お客さんと話をしないといけないから、ちょっと静かにしてくれないかな」

森野の表情を察し、いや仮にそうでなくとも、これではまともに話ができないので、倉は正面から諭すようにゆっくりとそう言った。
男は始め言うことを聞こうとしなかったが…、眼差しから倉の本気を感じ取ったのだろうか。気圧されるように部屋の隅へ寄ってうずくまり、やがて大人しくなった。
しかしその目は依然として、森野をジッと観察している。よそ者を訝しむ目ではない。その瞳はあくまで爛々として、好奇心に輝いている。


[NEXT]
[TOP]
[BACK]

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!