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「賭ける、だと。今、そう言ったのか」
「何がおかしい。俺には一か八かの話をしているようにしか聞こえない」
「では聞くが、今のお前が何に賭けるんだ。賭けというものは、対象が二つ以上ないと成立しない。それとも、まだ何か天秤にかけられるような方策があるのか、ないだろう、事態はそこまで来ているんだ。
だから一か八かというなら、一しか存在していないに等しい」
つまり、選ぶだけの選択肢がない。李の言っているのはそういうことだと井端は理解した。しかし。
「そういう考えをするなら、その一が本当に一なのかが問題になる。ひょっとしたら…、ゼロかもしれないことも考えなければならない」
「その可能性はある。大いにある。だが、いいか、森野もお前も、既に軍律を犯している。今から大人しくしてもどうにもならない、これだけは確実なんだ。
こういう言い方はしたくないが、今から怖気づくのなら、はじめから森野を見捨てたほうがまだましだった」
「……つまり、」
井端はゆっくりと口を開き、そしてすぐに言葉を切った。これは続きを李が喋ってくれるのではないかという甘えであったが、李は黙って待っている。
この口から喋るしかない。
「森野の失踪が長官の耳に入っていないか、あるいはなぜか寛大な措置が取られていて、なおかつ、広島に森野がいる。すべて丸く収まるには、それしか道がないと」
「そういうことだ。もっとも、それとてすでに塞がれている道かもしれんが、しかし、他の道は明らかに塞がっているから、信じて行くしかない」
「……」
だらしなくソファに投げていた体をいつの間にか起こした井端の目を見て、李はひと呼吸し、そして続けた。
「…切り開く努力をしてみようじゃないか?」
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