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しばらくの間、井端は黙ったまま考えているように見えた。しかし、もう考える材料は存在していない。
もしかすると、たった今放たれた言葉が脳内に反響するのを、漫然と聴いているだけのことかもしれない。
そのどちらかを表情から判別することは、井端の場合、非常に困難だ。李は黙って井端の次の反応を待つ。
「…そうだな」
返事としてはタイミングをやや逃しているだろう、おそらく分単位の時間の経過ののち、井端はようやく、同意を示した。
李は大きく頷き、そして畳み掛けるように次の言葉を繋ぐ。
「やるべきことは二つだ。まずは、どうにか森野を連れ戻すこと」
「…広島をあたってみよう」
森野が広島にいるかどうかはわからないが、いないのなら、あとは雲を掴むようなもの、もう探しようがない。
「その間、全力でシラを切り通すんだ。部下にもそれを徹底させろ」
李の言葉に、確として井端はうなずいた。
「いいか、森野を捕まえるまで長官を騙し続けることができれば、君の勝ちだ」
「勝ち、か」
これからコソコソ隠し事をしようというのにそんな表現を使う李が可笑しくて、ふっ、と井端は笑顔を見せた。
李もそれに応えて笑い、そしてうなずいて応えた。
「そうだ。負けるな」
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