211
先刻、森野は戻ってくると言い切った時と同じように、新井の視線はまっすぐだった。災害時に生き別れて十数年になる兄の生存を信じる精神力とは一体どれだけのものだろう、
その強さを若さや愚直と言って片付けてしまうことは容易だが、それは逃げることと同じだと荒木は思った。今の自分に足りないのはきっとこういった力だ…、
「あの、隊長」
その呼び声は、葉を滑り落ちた朝露の一滴が平らな水面を叩くように、荒木の胸に強く響いた。
隊長、と確かに上田はそう言った。自分は彼らの隊長として認められたのだ。荒木は感動にうち震えそうになる声を抑えて応えた。
「おお、何だ、何でも言ってくれ」
「森野隊長に関することは何事も他言してはならないと中佐のお達しで…、加えて我々は行き先が広島らしいということもお聞きするまで存じておりませんでしたが、このことについては…」
「え…、」
荒木は一瞬、何を言われているのか理解できなかった。混乱を招くから一切他言しないように、確かに井端はそう言っていた、そして彼らの知らなかった情報を今しがた自分が……、
「あ」
してるじゃん他言。命令違反じゃん。何やってんの俺!
「い、いやっ!これはその、何だ、いや、お前たちには知ってもらってもいいかなとか、なんていうの、とにかく何、だまっ、黙っててくれ、バッさんっ、じゃなくて中佐だ中佐、中佐にはっ、頼む、このとおりだ、頼むからッ!!!」
「い、いやわかってますよそれは、わかってますから、今後お気をつけ下さいますよう申しあげたかっただけの事ですから、隊長、とにかく頭をっ、頭を上げて下さいよッ!」
[NEXT]
[TOP]
[BACK]