210
誰に聞かれもしないのに、新井は突然、身の上を語り始めた。たったいま築かれ始めたばかりの荒木への信頼感の欠片のようなものが、あるいは、彼にそうさせたのかも知れない。
「それでもう、どうしたらいいかわからなくて、避難所の隅っこで泣いていたら、名古屋防衛軍から派遣されてきていた救援隊に保護されたんです。
でも、その後半月ほどが経って救援隊が引き揚げる日までに、結局兄は見つからなくて。その時の部隊長はそのあたり何も仰りませんでしたけど、まあ状況が状況ですしね、兄はもう生きていないとお考えになったと思うんです、
そのままご厚意で名古屋へ連れられてきて…、今までお世話になっているんです。
本当は、16になったとき、広島に帰ろうって一度決めたんですよ。防衛軍に恩返しもしたくてすごく悩んだんですけど、やっぱり帰ろうって決めて。
なんですけど、今までお世話になりました、って基地までご挨拶に来たときに、偶然はち合わせた隊長のドアラに気に入られてしまって」
新井は一気にそれだけ喋り、そしてドアラの話のところで少し笑った。その何気ない笑顔が荒木にとっては信じがたかった、親の顔を知らず、ただひとりの肉親も幼いうちに失い、天涯孤独、さらに故郷からも遠く離されて、そんな運命の中で…、
それでもこの男は笑うのか…。
「お前も随分と、苦労ばかり…」
「いえ、森野隊長に出会えたことは幸運でしたし、名古屋に来て良かったと思います。
それに…、兄は桁外れに頑丈なのが取り得でしたから。きっと生きてるって自分は信じてるんです。だから、いつか広島に帰って、兄を探したいのですよ」
[NEXT]
[TOP]
[BACK]