209
「…そうだな。そのためには」
荒木の言葉に、間髪入れず新井が、そしてゆっくりと上田がうなずく。
森野の帰還そして復帰を信じ、荒木隊は荒木隊として、できることをしよう。
荒木のその瞳の色が頼もしく変化したのを聡く感じ取って、上田はニッと笑った。
その表情に気づいた荒木も、やはりどこか少しぎこちなくはあるが、不慣れなりに、ニコリと精一杯の笑顔を作ってみせた。
「あーあ、でも」
その二人の様子を見ずにぼんやり天井を見つめていた新井が、突然独り言のように口を開く。
「広島へ行くんなら、もっと時期を選んで下さったら良かったのに。僕も連れていって欲しかったですよ」
「どうして?」
「こいつは広島の出身なんです」
新井は眉間にシワを寄せて口を軽くとがらせ、鼻から息を長く吐いた。その大袈裟とも言える表情と溜息の意味がわからず理由を尋ねる荒木に、横から上田が答える。
「…自分がまだ6つ7つやそこらの子供のころ、広島は超大型の台風に襲われたことがあったんです。とにかくすごかったですよ。超大型ってくらいですから。超ですよ超。
自分は元々、物心ついたときには親はなくて、肉親は歳のちょっと離れた兄がひとりいただけでして。その兄と一緒に施設で暮らしていたんですが…、
兄が炊き出しの手伝いに行っている間に近くの川が氾濫して、施設の二階の床まで水がきたんです。ほんと死ぬかと思いましたよ。
結局自分は屋根に上がって助かったんですが…、兄は施設に取り残された自分を助けようと、周りの静止も聞かず無茶をして、濁流に飲まれてしまったと聞きました」
[NEXT]
[TOP]
[BACK]