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まったく上田の言うとおりだった。合理的な理由がない。仮にビッグ・ドメの修理代を稼ぎたいからといって、自らのその後も省みず、いきなり無言で名古屋を飛び出していく、
それだけのリスクを冒すことを説明するに足る理由が。
「そう、理由が…、ないんだよな」
だから皆、頭を悩ませているのだ。これから恐らく一両日中には森野の処遇に関わる判断を下さなければならない井端など、その最たるところだろう。
行動を起こす理由がわかれば、目的がわかり、次に起こりそうな出来事も予測できるというものだ。しかしこのうちただの一つもわからないのだから、推察しようにも、お話にならない。
「でも、理由、ってやっぱり…、あるんですかね」
上田も荒木も黙ってしまったのを見て、新井が口をはさむ。
「ないはずがないだろう。だからお前は」
黙ってろ、と上田はまた言おうとしたが、それを荒木が遮った。
「いや、聞かせてくれ。森野のことはきっと、君が一番よく知っているだろう。理由がないかもしれないと、そう思うのか?」
「いえ、その、なんていうか、理由がないって言いたいのではないんです、ただ、もしかすると…、
他人が頭をひねって考えつくような理由じゃ、ないかもしれないって、思うんですよ。ほら、隊長ってたまにそういうときあるじゃないですか。
本人は至ってマジメなのに、いくら説明されても、他の人には全然理解できないこと言ったりとか、
何か大事なことをひとつ思い込んだら、他のことはすっかり頭から抜けてたりとか」
「うーん…」
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