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…銃創からは相変わらず血がだらだらと、青い毛皮を赤黒く濡らして流れている。血が流れている。血が。
まぎれもなく、こいつも生きている。それが突然に傷つけられて血を流し、数刻ののちには殺されようとしている。
山崎は覚えずのうちに想像力を働かせ、ただ傷を見て痛そうだと思うよりもさらに、一歩先へと踏み込んだ。
それまでの平凡な生活が、ある日、外からの力で理不尽に壊される。そのことに山崎は、同情した…と言うのも正確でないが…、そのことに気づいた自分の気持ちが驚くほど揺さぶられるのを感じていた。
世間は理不尽なものだ。そのことは誰よりも知っている。なにしろ紛争のあおりを食って、帰る家も、両親も兄弟も失くしたのだ。
あまりにつらい記憶は生活のうえで障害になるので、心の中の防衛機能が働いて、普段はなかなか思い出させないようにしてしまうらしく、
実のところ、今の師匠に連れられて故郷を離れるまでの間、何がどうなったのか、何を見て何を聞き、何を感じてどう嘆いたか、そこのところを意識的にはほとんど思い出すことのできない山崎だが…、
いまこうして、理不尽に流れる血を目の当たりにし、閉ざされたフタをうっかり開けられてしまいそうになりながら、
複雑怪奇に絡まった胸のうちを、たとえ僅少なりとも手繰るべく、手掛かりを求め、縋るように、目の前の怪物の顔を見上げた…、
すると…、
目が、合った。
さっきまで閉じていたはずの目玉が見開いていて…、こちらをじっと見つめている!!!
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