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「簡単なことだ。君の命令で森野は広島へ行ったことにする。目的は後付けでいいが、監視がてら森野の後を追わせて伝える必要があるな」
「伝える…といっても、先にも議題になったばかりだろう、現在の情勢では」
「もちろん、基地内から人員を割くわけにはいかない。そこは君個人の人脈でなんとかして貰いたい。
そのうえで人を借りて文京の攻撃を退けつつ、森野が君の与える目的を、まあなんでもいいが、上層部を納得させるに足る目的を果たして無事に戻ってくれば成功だ。ただし」
李はひと呼吸おいて、井端の目をじっと見つめ、それからまた続きを口にした。
「森野がそのまま行方をくらましたり、また彼の離脱のせいで他に大きな損害を出すようなことがあれば…、
君は森野のかわりに軍法会議にかかり、現在の地位を剥奪され、一生どうでもいい仕事をして暮らすことになるかもしれない」
井端は、フゥ、と長く息を吐いた。
「つまるところ、森野を信じられるかどうか、ということか…」
「焦らせるのは本意でないが、決断するなら早くしたほうがいい。
この情勢では、君の要請の有無にかかわらず、中央の裁定で西から増援が回されるのも時間の問題だぞ」
…そうなれば、いずれにしろ、井端は責任を問われることになる。現場で状況を把握していながら、増援要請を怠った責任を。
森野を信じて運命を共にするか、森野を切り捨て、確実性を取るか。
井端は重大な岐路に立たされていた。
そして二人が密談をしている部屋の外には、ドア越しに室内の様子をうかがう影が二つ。
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