079

「勝負あり!!」
前田の声が高らかに響く。そして大きな音をたてて床へ転がったのは…、山崎だった。
一体何が起こったのか。
当の山崎はもちろんのこと、傍で見ていた永川も、森野が頭を叩かれる前に右手の槍を戻して体勢を立て直せるか、その一点に意識を集中していた。
しかし森野はその頭上からの攻撃を無理に避けようとすることなく、その場で身体を強引にひねった…、そして、左手に持ち替えていた布団たたきで、思い切り山崎の尻をひっぱたいたのだ!
タイミングはぎりぎりだった、事実、山崎の左手の爪は森野の頭髪を掠っていたが…、そこは尻を叩くことにかけては一日の長がある森野、目にもとまらぬ速さで確実にヒット、しかと勝利をモノにした。
「お見事じゃったの。ほれ、浩司、いつまで転がっとるか」
前田は立ち上がって森野に拍手を送った。なるほど永川の言ったとおり、補助がなくても立ち上がれるし、ゆっくりとだが歩行もできている。
ドアラが喜びのあまり猛ダッシュして森野に抱きつく。ドアラもドアラなりに森野の勝利を願っていたのだろう。
「いてててて…」
前田に促され、山崎はようやく尻をさすりながら起き上がった。そして森野に向かって礼をとり、有難う御座いました、と口にした。森野もドアラに引っ張られよろけながら、思い出したようにそれに応じる。
「ようやった。期待以上じゃ。お前さんに素質があることは、まあ、見たときから判っとったがの、
 問題は浩司の動きについてこれるか、ワシはそれが見たかったんよ。どんな破壊力をもっておっても、当てられんのでは、無駄じゃけの」
「その点では、まったく問題なかったですね」
横から永川が口を挟む。手伝いがなくても歩けるはずだと言っていたくせに、いざ前田がひとりで立ち上がるとなると、ちらちらと足元の心配をしているのが見てとれる。
よくできた弟子だ、と森野は思った。自分の弟子、新井もいつかこんな風になるだろうか。でももしかすると山崎になるかもしれない。


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