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そうしているうち、森野の剣(布団たたき)先をかわす山崎の動きが、徐々にこなれてくる。慣れてきているのだ。届いてくる範囲を見切って、最少の動きで無駄なく攻撃をかわし続ける。
「…やまちゃん、気力を使いませんね」
「まあ、勝負ごとじゃけ、自分だけ使うんはアンフェアじゃろ」
「勝負ごとなんですから、それでいいと思うんですが」
「お前はほんとに、骨の髄まで猟師じゃの…」
前田が呆れ顔でつぶやく。永川が愛想笑いをする横で、ドアラがエキサイトしてきたらしく身を前方へ乗り出している。
「それでも、地力のスピードでまだ上回ってますね。勝負ありましたかねぇ」
このままではどれだけ続けても山崎を捉えることはできないだろう。永川は手元の時計を見た。時間は刻々と過ぎていく。
「いや、ここからじゃろ。まあ、見とれ。よーぉ目を凝らして」
突然、森野の攻撃のリズムが変わった。鼻先を狙い続けていた布団たたきが、突如目標を変えて山崎に襲い掛かる。
左から横薙ぎ。狙いはヘソ下。重心だ。手足のように、咄嗟に引っ込めることができない位置。
さらに、今まで続いた鼻先の攻撃をかわすために、山崎の体重はやや後ろへかかっている。そこを突かれれば、後ろあるいは横へ避けたとしても、必ず体勢を崩すはず…!
「…出るぞ」
前田がそうつぶやくが早いか、否か、山崎の胴の前、横から入ってきた布団たたきの先が、さらに前へと伸びる。タイミングを外したうえで身体ごと間合いに入っての突きの一撃だ。
それと同時に…、山崎がまた跳んだ。やや体勢を崩されながら、後ろ足一本での踏み切り。
「うわっ!」
山崎の声とともに、ビッ、と何かが裂ける音がした。
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