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「では、なぜ」
「あんた目の付け所がいいね。そこが問題なのさ。甘ったれてんのはやまちゃんだけじゃないってこと。
身近に使いやすい介助人がいるもんだからそれに甘えてるんだろ。まあ、年寄りによく見られる現象だよね。
誰も手伝う人がいなければ、べつに歩けるどころか炊事も洗濯もできるんだから」
先刻、永川は前田が山崎を甘やかしていると言って怒ったが、つまり逆もまた然り、山崎も前田を甘やかしているのだ。一種のギブアンドテイク、もっと言うなら依存関係である。しかし。
「だとしたら、いつまでこんな、」
…こんな生活を続けていくつもりなのだろうか、他人事ながら森野は気になった。
前田は年齢からいえばまだ40代そこそことはいえ、ライフステージから言えばすでに余生に入っているのだろうから問題ないかもしれないが、山崎はどうするのだろう。
「だから、そこが問題なんだってば」
永川は頭を傾けて首筋をパキ、と鳴らしながら、吐き捨てるようにそう言った。
「やまちゃんは、その、お師匠さんが足に怪我したときに、戦地から連れて帰ってきた子なんだ。
だから、事情っていうか、気持ちはまあ、わかるんだけどね」
永川はそこで言葉を切ったが、そこから先は森野にも充分推察できる。
つまり、孤児として引き取ってきたものが成長し、いつしか互いに依存するようになり、知らずのうちに時間が経ってしまった。
その時間の経過が当事者からは見えにくく、一歩引いた立場の永川からは、俯瞰するようによく見えているのだ。
「成程な…」
風貌からは年齢のわかりにくい山崎だが、永川と同い年だというのだから若く見積もっても25は過ぎているだろう。いい加減に親離れしていないとまずい歳だ。永川が渋い顔をするのも無理はない。
それでも…、いずれは離れていくのだろう、と森野は思った。前田がどうかはわからないが、山崎にとっては自分の人生だ、何も考えていないということはあるまい。
こういうのは案外、周りが思っているほどに事態は深刻でなかったりするものだ。来る時が来れば物事は動き出す。
だが、永川はどうも心配性で、色々気を揉むことも多いのだろう…、そんな奴が重大な使命持っちゃって大変だな…、森野はそんなことを考えながら、コーヒーの残りを飲み干した。
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