063

もちろん、殊更言うまでもなく、すべて覚悟の上、名古屋を飛び出してきたことは事実である。
しかし、ここ広島に流れる時間はとてもゆっくりしていて、連日の激戦に疲れ、かつ明日をも知れない身となった森野には、それがとても心地よかったのだ。
出会った人々は好意的で、あたりまえのように、都市間紛争などとは無縁の暮らしをしている。名古屋からは随分前に失われた光景だ。
いくらスラィリーといえども、やはり…、戦争ほどの不幸をもたらすものではないのだろう。
ならば、と森野は考えた。もしも…、もしも自分が昨日現れなければ、永川は旧友との訣別を、たとえいずれ決意しなければならないとしても、
今この時と急に選ぶこともなく、もう少しの間…、あるいはずっとウヤムヤにしたままで暮らしていくことも可能だったのではないのだろうか。
しかし、この平和な山村に自分が転がり込んできたことで、歯車がひとつ回りはじめ、それが永川に影響を及ぼした。
それが吉と出るか、凶と出るのか。自分でも不思議なほどに、心が落ち着いている。
明日世界が終わると言われたら、もしかするとこんな気持ちになるのかもしれない。
そんなことを考えながら森野は、カップの底に沈殿したコーヒー豆の微粒子がふらふらと踊るさまを見つめた。
喋りながら前田が足を動かしたらしい、ガチャリ、という金属音が聞こえる。


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