056
「…くそ、重大な命令違反だ。戻ってきたらタダじゃ置かん…、が、とにかく本人がいないんじゃ始まらん」
「えっと、ど、どうしましょう」
「どうしましょうじゃないだろ、お前も少しは考えろ。まずは把握できてる情報を整理しないと、いきなりどうするかなんて決まるかよ。
仮にも上官と呼ばれる立場なら、そのぐらい頭使ってもバチはあたらんぞ」
「把握できてる情報…、というと…、ち、中佐、もしかして、なにか、ご存知で!」
新井は泣き出しそうな声で井端に問いかけた。一兵卒にすぎない新井にとって、井端は普段、雲の上の存在、まして般若とも言われる面相で、ひとこと口をきくのも容易ではないが…、今はとにかく、非常事態だ。
ドアラマスター見習いである新井が師と仰ぐ森野、新井の知るかぎりのその人は、弟子の目から見ても確かにちょっとどこかズレていたり、寄り道が好きだったりはするけれども、
この差し迫った状況下、前線からひとり無断で離脱して、姿をくらますような男ではない。なにか、なにか必ず事情があるはずなのだ!
「森野がどんな奴だか、俺もわかっているつもりだ、そこは安心しろ。だが、知ってのとおり、現在の東戦線は危機的だ。
ただでも森野が離脱しているのに、そのせいで動揺まで広がってはかなわん。お前を信用しないわけじゃないが、詳しいことは話せない。
このことは口外しないように。人に聞かれても、森野は特殊任務だと言え。いいな」
それだけ言うと、井端は、新井が次の言葉を発するより前にガタンと席を立ち、硬い靴音を響かせて、さらに奥の部屋へ消えて行った。
「まあ…、多分悪いことにはならない、とかは俺は言えないけどね…、
あんな顔だけど、中佐も鬼じゃないから…、きっとなにか手は考えてくれるよ。とにかく、今は下がりなさい」
呆然とする新井を気遣って、退室を促しつつ、荒木は自らも司令室を出ようとした。そのときだ。
「こら!荒木!!お前は早く来い!なんでもかんでも人任せにするんじゃない!」
奥の部屋から響いた怒声に3センチほど跳びあがったのち、荒木は目にも留まらぬ速さで、声のするほうへ消えて行った。
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