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やがて列車は広島に着き、ここまでに残っていた乗客のうち半分ほどを吐き出すと、プァーと間延びした汽笛を鳴らしてさらに西へと去っていった。後の半分は海峡を越えてその先、福岡まで落ち延びるのだろう。
その列車の後姿を見届け、さらにこれから乗り継ぐべき鉄道のホームを探そうと前田を背負い直して山崎はハッとした。身体が異様に熱いのだ。正確に計るすべもないが、おそらく40℃近いだろう。傷が良くないばかりでなく、加えてかなりの発熱となれば…。
…もしも、死体を連れてその故郷を訪ねなければならなくなってしまったら、そのあと自分は何を支えに生きていけばいいだろう。
大阪には帰れるだろうか。帰ったとして、そこにあるのは元の大阪ではない、破壊し尽くされ今や占領下となった生き地獄。
そこで、それから、また、独りで………、
「…あんちゃん、広島着いたで…、もうちょいやから、せやから、なんとか頑張ってくれ…」
暮れなずむ空の下の駅舎で、前田の耳には届かないことを知りながら、山崎は祈るように呟いた。
その声を掻き消すようにブレーキ音をたて、古びた列車がホームへ滑り込んできた。三次、という街へ行くらしい列車だ。…三両しかない。
思わず列車を二度見て山崎は、ほんまにコレであってるんですか、と手を貸してくれた駅員に尋ねた。大阪の繁華街に育った彼はこんなに短い列車を見たことがなかったのだ。これに乗って…、果ては一体どんな所へたどり着くのか。
乗客もまばらな列車の中で、車窓を過ぎゆく異郷の景色を見るともなしに見ながら、山崎はこれから先起こりうる事態に色々と思いを巡らした…、
だが、何せ情報がない。思考はすぐに堂々巡りを繰り返すようになり、彼をなおさら深い不安の渦へと陥れた。
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