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思い出したように小さく首を振ると、前田は、ひとつつぶやいて眉をしかめた。
怪我を負い、さらに追っ手をかけられ心細いという気持ちが心の弱い部分を蝕み、自分自身に普段なら考えもつかないようなこじつけをさせているだけのことだ。
…もはや解体を待つばかりとなった亡国の大阪軍で聞いたところによれば、神戸軍は前田を捜しているらしい。
これまで精鋭の傭兵部隊を率いて神戸軍に多くの損害を与えてきたということは前田自身も重々承知だ。今はとにかく逃げなければならない。業とか報いとか言っている場合ではないのだ。
足を止めて天を仰げば朝日は高く昇り、まさに真昼の日射に変わろうとしている。当初考えていたよりも随分自分の歩みの遅いことがわかって、前田は猶更焦りを募らせた。
他都市からの傭兵が捕虜になった場合の取り扱いがどうなるかは不明瞭で、神戸軍に恨まれていることを加味して考えるなら、真っ当に裁かれる以前に命の保障があるかどうかもわからない。
できるだけ早く大阪、さらには神戸を離れなければならない。逆に言うと、神戸の向こうの西宮の領内にさえ入ってしまえば、神戸軍も大っぴらに人間を拘束することはできないので、逃げおおせられる確率はぐっと高まる。
溢れ返る難民に混じって鉄道に乗り、西宮までジッと息を潜めていればいいのだ。…活路はある。とにかく鉄道にさえもぐり込んでしまえば。
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