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☆ ☆ ☆
「次」
蔵本英智はあくびをしながら前へ進み出た。
広島への出入りは本来さほど厳しく制限されていないが、関東地域での政治的緊張の高まりを受け、西宮警察は朝から入国者に対し審査を設けている。その列に並ぶこと小一時間。
「随分とまた、軽装だな」
ひと目見るなり、審査官が言った。それに蔵本はすかさず言い返す。
「なんか文句あるんすか」
出稼ぎのハンターと思しき重装備の男たちに混じって、ショルダーバッグをひとつ掛けただけの蔵本は確かに異彩を放っていた。
「入国目的は」
「買い物」
「何を買うんだ」
「わざわざ聞くか。肉に決まってるっしょ」
ここで言う肉とはもちろんスラィリー肉を指すが、実のところ目的は森野を掴まえることだから言い訳は何でもいい。
「業者なら、許可証を見せろ」
「ないよ。単なる買い物だもん。俺が食う肉を買いつけに来たの」
「はあ!?そのためだけに名古屋から、この緊張下」
「だけって言いなさんな。休みとっちまったんだ。それに俺はアレが大好物なんで、ないと生きた気がしなくてさ。安全で質のいいものを確実に手に入れるには自分で見に行くのが」
「もういい、通れ」
蔵本の言葉を遮り、審査官はあきれたような顔をして言った。
「だが物好きも程々にしておけ、でないと怪我するぞ。次」
「どうもどうも、ご苦労さん」
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