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大沼が気圧されしていることは、後姿しか見ていない帆足にもよくわかった。気が動揺しているのだ。そして向かい合うガイエルは、やはり相好を崩さない。美しい碧眼に、薄く笑みさえ浮かべているように見える。
帆足は覚えずも眉をひそめた。いま突然にガイエルが軍刀を抜き飛び掛ってきたら、大沼はおそらく心臓をひと突きされるだろう。そして…、それからまともにやりあったとき、自分が始末できる相手かどうかはわからない。
…いや。
そこまで考えて、帆足はいちど自分の考えを断ち切った。それは相手も同じのはずだ。そもそも、総帥大沼が聖都の使者を受け入れると決めたのだ、それに自分が疑いを持ってどうなる。
信じるということは生来苦手だ。それは自覚している。しかし心を強く持て。…帆足は今一度姿勢を正した。
「そうだ、文京軍」
思い出したように、大沼が言った。あるいは、黙ったままでいると相手のペースに持っていかれるとでも思ったのだろう。
「これまでの文京とは思えない動きだ。横浜を無視して名古屋に急襲をかけるなど。一体何が起こっているのです」
「断言はできませんが。ひとつ推論があります。そして、私個人としては、これは事実を大きく外れていないと思っています。
文京の軍事のみならず政治の全権を掌握する国家元首をご存知ですね」
「もちろん、名は。渡辺、恒雄…、」
「そうです。あの性悪の爺が」
歯に衣着せることもなくガイエルはそう言い放った。それに大沼は思わず立ち上がる勢いでソファから体を起こす。後ろの帆足も細い目を見開く。
「まさか、死」
「違います」
「なんだ、違うのか…、」
大沼は脱力したように体を戻した。その大袈裟な様子を見てガイエルはまた口元を押さえる。
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