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「あれは本気で生死の境を彷徨った、なんせこっちゃ指名手配だ、かかる医者もねぇからな」

かかる医者がないのは今も同じことではないか、と岸は一瞬思ったが…、すぐに考えを修正した。同じ「ない」と言っても今とは度合いが違うだろう。
今は幸いにしてやせ我慢の範囲でしか怪我をしてこないから、それが許されているだけだ。本当に命が危なくなれば、医者は嫌いだの長者は好かんだのという我侭が通るはずもない。

「あんときゃ勇者がな、医者でもねぇのにどうにか手当てしてくれたんだ。後で聞きゃあ、奴め、マジメにやっても十中八九は死なすと思って適当にやったなんて言いやがったが…、あれがなきゃ、俺は多分」
「勇者…、」
「そうか、お前知らねぇのな。なんせ俺が馬鹿だから、どっちの頭が切れるかなんてこたぁわからんが、好きってんなら俺は長者よりはあいつのほうが好きだった。融通がきくからな」

帆足はそう言ったが、岸とてその名を知らないわけではない。ただ、彼が現役で解放戦線にいた時分には、岸はまだ他都市で言うところの士官学校を出たばかり。青木勇人や帆足和幸の名は、それこそ雲の上にあったのだ。

「お名前は、自分も存じてます。でも、なんというか、意外です」
「何が」
「帆者が、勇者をそういう風に言うとは思いませんでした」
「なんで?」

長田を嫌っているあたりからして、知恵者の類はみな食わず嫌いの毛嫌いしているのかと思いましたなどとは口が裂けても言えない。岸は適当な理由を探し、そして数秒後、思わせぶりに口を開いた。

「…自分は真相知りませんので、悪く言うつもりはないですが、あの方の当時の評判は」
「ああ。それか。知られた話だな」
「ええ…、」
「大したことじゃねぇと俺は思うんだ。そりゃ、ちょっと、いや大分…、金には汚かったかも知れんがな。奴がいなきゃ、俺達は確実にここまで来てない。
 俺は今でも思うね。なんで手放したんだ。いや、あいつが出て行きたい言ったてのはわかるが、それであっさり放すか?普通」


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