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どうやらそういうことらしい。…聞けというなら、岸には…、帆足に聞きたいことは色々ある。それは色々、たくさんあるが…、今はまず、その大アザだ。
「なぜ、殴り合いなんかしたんです」
順から言えば、この質問は飛躍している。まず最初に、何があった、次に誰に殴られたと聞くべきだ。
しかし岸にはすでに、誰と誰が殴り合って、およそこれから客人に会うと思えない面構えになっているのかについては殆ど予想がついているから、そこを飛ばして次の質問をした。その件について帆足も何も言わなかった。
「夜中に奴が来てだな、岸者の初仕事がどうだったかと聞くから、まあまあだと、そしたら何か、面倒くせぇこと言い出しやがるんで。
俺は下の者の世話焼く気はないとハッキリ言ったんだ。だってぇのに沼の野郎、ニタニタしやがって、しょうがねぇから殴り合いになった」
この説明になったようなならないような、とりとめのない言い分の中には、さまざまな要素が散在している。
まあまあだ、というのはおそらく、そこらで聞こえる帆足の印象から言えばたしかに、高評価を受けたと言えるだろう。大沼の言ったこともまんざら嘘ではないのかもしれない。
しかし、「しょうがねぇから」、の意味が岸にはわからなかった。大沼帆足は元をただせば対等の関係だが、今は組織の上に立っているので、彼らの間には上下関係が存在している。
敬語を使わず口をきいて、一定の我侭を許され、さらには殴り合いができても…、彼には組織上での特権は与えられていない。最終的には大沼の命令をきかなければならない立場のはずだ。
「その…、殴り合って、どうにかなるものですかね」
「スッキリする」
掘り下げて岸は聞いてみたが、この回答の意味するところも、やはりまったく理解できなかった。そうですか、と曖昧な返事をするのが精一杯だ。
スッキリする、つまり結論には何の影響も及ぼしてこない、そのために顔に青アザをつくり、あるいは口元を切って、朝食を薄味で摂らざるを得なくなる。
どこから見ても不合理だが…、きっと問いただしたところで、満足な回答は得られないだろう。
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