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「まあ、驚くようなことじゃない。俺も昔、あそこにいたんだ」
これが、岸本と、木村昇吾の出会いだった。
木村は3年前の第四次多摩川紛争の直前に陸軍を辞め、単身広島に渡り、そして広島自衛隊に入隊したと言った。
彼が横浜陸軍を辞めた理由は至極単純だった、彼はひどく船酔いするタチで、そのまま真面目に勤めていても、海軍へ昇格できる見込みが薄かったからだ。
海軍へ上がれないのなら、このまま軍にいても仕方がない。そう思っていた頃、やはり非番の日に出た市街地で、彼は広島自衛隊の噂を聞いたのだ。
木村は知る由もないことだが、ちょうどブラウンが広島自衛隊へ戻ってきて、軍の建て直しを始めた折だった。なんでも積極的に人員を集めていて、しかも他都市で軍務経験のある者は優遇されるらしい…、
まさに渡りに船だった。それから若干の時間をかけて情報の信憑性を確かめると、木村はすぐに横浜陸軍を辞めた。
そして広島自衛隊は、岸本が密航してきたこの時も変わらず元軍人を集め続けていた。木村はその日のうちに上官へ連絡をつけ、翌日、岸本を自衛隊へと連れていった。
横浜と広島の間には、特に脱走兵や難民の扱いに関する条約は存在していない。よって広島側には岸本を横浜へ引き渡す義務は存在していなく…、岸本は数日待たされたのち、あっさりと広島自衛隊への入隊が決まった。
この、自衛隊に待たされている期間中に、岸本は木村の家に厄介になっていた。同郷のよしみで木村はどこまでも親切だった…、その間に岸本は、横浜で起こった出来事を木村に話して聞かせた。
その中で木村は、たまたま買出しをかって出たために難を逃れたというくだりに特に関心を示した。
岸本自身はそれを偶然と信じて疑わなかったが、木村はきっと、そういう神秘性のようなものを有難がる性格の持ち主なのだろう。ならば、それを頑なに否定しないのも恩人に対する礼か、と岸本は考えたのだった――。
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