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偶然顔を合わせたにすぎない東出が前田の血縁だという情報は、森野にとってはちっとも重要でない。
しかし、あの兄に輪をかけて苦労性であるらしいこの弟が、無理やり話題を逸らそうとしてくれているのだと察した森野は、その価値のない情報に対し、きわめて真面目に、相槌を打った。

「ということは、彼もお師匠様のもとで、修業を?」
「いえ、そういうわけではないです。本人はやりたかったみたいなんですけど、親が許さなくて」
「成程な。ところで、キミは」
「あ、俺ですか。俺は…、そうですね、多少…、」
「おい!早く乗れ!!すぐ車出せ!!」

言葉を選ぶようにして話す貴哉の声を遮って、突如、大声が響いた。見ると、永川が叫びながら全速力でダッシュしてきている。

「兄さん、具合はもういいの」
「いいから早く!」
「わ、わかったよ」

永川の勢いに弾かれるようにして、貴哉は運転席へ飛び乗った。
一体どうしたというのか、何をそんなに焦って…、と森野が考えるまでもなかった、ジャージ姿の山崎が箒を振り回し、裸足のまま猛然と永川を追って飛び掛ってきたのだ!

「土足で上がんなボケー!昨日拭いたばっかりやのに!!!」

ああ、あのブーツは面倒くさいからな、と思いつくと同時に森野は首根っこを掴まれ、プレマシーの後部座席へ押し込まれた。そのドアが閉まると同時に貴哉はアクセルを踏み込んだ。

「普段からそんな綺麗に掃除してないくせに。じゃあなんだ、靴脱いで廊下で吐いたほうが良かったてのか」
「いや…、その理屈は通らないだろう」

見当違いな悪態をつく永川を森野はなだめた。それでも不満げな永川の表情をバックミラー越しにチラ見した貴哉が口を挟む。

「わざわざ便所まで行かないで、そこらで吐けば良かったじゃない、すぐ隣とか山なんだから」
「うるせぇよ」

そして、このやりとりを聞いているのかいないのか…、東出は頬杖をついたまま、車窓の外、徐々に紅葉の色褪せ始めた山々をじっと眺めていた。


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