357
「ふん、なるほど…、それで力者には、貴様の片腕と言われる俺が人間の命をいとも簡単に踏みにじるところを、特等席で見せてやったって事か」
「そんな言い方をするな。そういうことも、必要なんだ」
「……」
「それに岸者の初仕事まで重ねてしまったことについては、申し訳ないと思ってる。でも、お前なら万事うまくやってくれると思ったのさ」
帆足は黙り込んだ。小野寺を同行させてきた理由については理解した、納得はしないが…、理解した。
しかし、ひとつ引っかかることがある。大沼は帆足の力を楽観的に過信している。
万が一、それで岸が死んだら、それは岸の不運では済まされない、大沼のミスだ。
そのあたり大沼がどう考えているのか、帆足は柄にもなく気になったが…、先刻と同様に、それは大沼が心得ていればいいことで、自身が首を突っ込むべき問題ではないと、すぐに考え直した。
これは大沼のやることに疑問が生じかけたとき、いつも帆足が心中で唱える呪文のようなものだ。自分は現場のレベルのことだけを把握していればいい。総帥たる大沼の考えることは、わからなくてもいい…。
「まあ、話はわかったことにする。だが、とにかく俺はもう力者の面倒は見ないからな。あれはダメだ。死人が出る。今回は確かに無事で済んだが、次の保障はできない」
「わかったわかった。しかしそれにしても、そこまで思っているんなら、その力者を報告によこすとは…、お前も豪気だね」
「…どういう意味だ」
「ん、どうって。あいつが俺のところでお前を散々に言うことくらい、想像がつくだろうに」
「それで奴は貴様に、何か目新しいことでも言ったのか」
「いや別に」
「そんなら、何を言ったところで、構わんだろ」
また短剣を抜いてガーゼを切り裂く大沼の手先を見ながら、帆足は仏頂面のまま答えた。その答えを聞いた大沼は一瞬キョトンとした顔で帆足を見たが、次の瞬間には声を上げて笑い出した。
「ハハハ、そりゃそうだ、お前について今更、確かに何もないわ。お前頭いいな、ハハハハ」
帆足は今回特に変わったことをした覚えはない。だから、変わったことを報告される覚えもない。
つまりは人使いが荒く、敵の人間を人間と思わず、目的のために手段を選ばないという話で…、
言われてみれば、その程度のことは大沼も初めから十二分に承知だった。
[NEXT]
[TOP]
[BACK]