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かくして、彼は一度死んだのだ。そして、荒ぶる世の波の中で、いつも父の暴力に怯えていた小さな子供はいつしか生まれ変わり…、
やがて成長した少年は生きるために何でもやった、善悪などは考えることもなかった、
その末に人食いと呼ばれる監獄へぶち込まれ、いま、二度死のうとしている。
そのことについて、自身、特に思うところはなかった。なぜなら、偶然あの家に生まれてきた、すべてはそこに端を発しているのだ。何せ偶然なのだから、別に誰のせいでもない、そして、一度永らえたのも偶然だ。なにも意味はない。
そこに無理やり意味を見出し、怒り、悲しみ、嘆くのは、彼にとっていかにも骨の折れる作業だった。しかも、そうしたところで得るものはない。
しかるに、聞けばおそらく自分と同い年くらいの、やはりこの世の理不尽に翻弄された男は…、その若い情熱を復讐に燃やし、挙句、政権を倒すなどと、途方もないことを言っている。
帆足は面食らった。世間なんて始めからこんなものだ。呪うべきは、その身に余分の力を与えた神のほうだろうに。
しかし、その熱を帯びた言葉は…、帆足の疲弊した心を、しだいに突き動かし始めたのだ。
さらに大沼は、常人にない能力をもつものは、すべからく神によって授けられたものだと信じているらしかった。だから無駄にしてはいけない、この力で政府を倒すべきと考えるに至ったという。
それを聞いて帆足は考えた。仮に、自分の力も何かの神によって与えられたものなのだとすれば、その神は、あの時なにゆえ自分を生かしたのだろう。
それはまさに、今この時のためではなかったか…。
ならば、ここで自分は果ててもいい。引き換えにこの男を塀の外へ出してやりたいと思った。
もしかしたら、それでこの理不尽な世の中が少し変わるのかもしれない。…もしかしたら。
「わかった」
突然、帆足は口をきいた。
「何が」
大沼は驚いて聞き返す。
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