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いつもの事ながら暖簾のような大沼にまともに腕押しするのが馬鹿らしくなり、帆足はそこで口を噤んだ。
しかし大らかというか、なんというか…、先に二人から報告は聞いているのだろうから、事の顛末は把握しているのだろうに。
勿論、大沼の言うとおり、結果として岸は無傷で生還したわけだから、今回については、何ら問題はない。
しかし、偶然の生還を幸運と言って片付けるのならば…、その逆、仮に不幸にして岸が死んでいたとしても、それもハードラックの一言で済ませるつもりか。
帆足自身、基本的にはそのこと自体に異論はない。死ぬのはそいつが弱いからだ、強さが強運を引き寄せる。帆足はそう信じている。現に大沼と自分はそうして生き残り、ここまでのし上がってきた。
しかし、今回の岸にそれをあてはめることはできない。いくら自分がついていると言っても、あんな難しい作戦に、実戦慣れしていない岸と小野寺二人を一度に押し付けるなんて。
それでも岸は若いから、まだその采配もわからないでもない。しかし小野寺が実戦に向かないことをあらかじめ把握していたというなら、現場を預かる身として、これは黙って見過ごすことはできない。
「…なんで、力者をよこした」
再び睨むような目で、帆足は言った。
「どうした。今日は随分、お喋りだな」
その視線をかわし、大沼は作業する手元を見て答えた。脱脂綿に吸いとった消毒液が一滴、傷口へとしたたり落ち、帆足は思わず顔をしかめる。
「使えないとわかっているものを押し付けられたんだ。何か理由がなけりゃ、納得できない」
「理由か。理由ならある」
「言え」
「お前が納得するかどうかはわからんがね。力者にも、少しハードな経験をしておいて貰いたいとね、前々から思ってはいたんだ」
「その必要はない。奴はもう外で戦闘に参加することはないんだろう。だったらわざわざ危ない目にあわすこともない」
「お前の言うとおりだよ。でも、経験はしておいて欲しかったんだ」
「その理由を言え」
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