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そして、これにドキリとしたのは、当然、森野だけではなかった。倉も同様だ。一体どこから出てきた言葉だろうか、思い当たる節は…、ありすぎるほどある。
かつてマサユキは仲間と連れ立ってスラィリーハントに出かけ、恐らくそこで銃撃を受けて…、生死の境を彷徨った。
普通に考えるなら、そんな経験を持つ人間が、これからスラィリーマスターと戦おうとする男に向かって例えばそんな人生訓を吐いて見せたとしても、驚くことはないのだろう。しかし…、
ここにいるのはマサユキだ。すでに正気を失って久しく、一度は獣同然にまで堕ち、そこから時間をかけてようやく、小児程度にまで成長した。
その彼に、先刻の英心に関する話が果たして理解できただろうか。疑わしい。それ以前にマサユキはすでに、寺での生活が落ち着くよりも以前のことは一切覚えていないはずだ。
まさか記憶が蘇ったのか、そう思って倉はマサユキの顔を覗いた、だが、なにか変わった様子もない。キョトンとしている二人が可笑しいのか、ヒャヒャ、と小声を立てて笑っている。

「あの、お気になさらずに」

倉はふたたびそう言った。そうは言ってもあれを気にしない者はないだろうが、それ以上の言葉が見つからない。

「…はい」

森野もふたたび同じ返事をした。そして廊下を歩き出した…、マサユキは何も言わなかった。

…あまり人を信じるものではない。歩きながら森野は、その言葉を心の中で復唱した。

もちろん、マサユキの言うことだから…、深く考えるだけ無駄なのかもしれないとも思う。その場で思いついたことを言っているだけという可能性も、もちろん高い。
しかしマサユキには、他人には見えないものを見通す目がある。その目がこの胸中の何を見て、別れ際にあれを口走ったのだろうか。
『人を信じるものではない』、そう彼は言った。人とはなんだろう。世間のあらゆる人か、それとも特定の誰かか。彼は永川とは互いに嫌いあっているようだから、その感情が露出したのだろうか。
単にそれだけのことならいいが、この胸の内にある深層を読まれ、今ここにいない誰かを指されたのだとしたら厄介だ。前田や山崎、そして名古屋に残してきた人々の顔が、次々脳裏に浮かんでは消える…。


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