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「こういうのは帆者、いつも、あんたの仕事だろ。人数多けりゃ何でも上手くいくってもんじゃないわけだし、
俺と岸者ははっきり言って足手まといなんだから…、あんたが一人でやるのが、一番早くて確実なはずだ」
「そんなら、沼の野郎、俺が信用できなくなったって事じゃねーのか」
「まさか!そんなわけ…、」
岸と同様に地平のあたりを凝視しながら事もなげにそう言い捨てる帆足に、小野寺は目を丸くして反論した。
確かに小野寺から見た帆足は、粗暴で負けん気が強く、扱いにくい男ではあるが…、それでも、大沼に対してだけは、概ね従順である。
それに何より、帆足は大沼とのつきあいも一番長く、腹心中の腹心と言える存在だ。そもそも所沢解放戦線とは、大沼と帆足が出会ったところからスタートした組織である。
その彼が今更疑われるなど、あるはずがない。
「冗談だよ。いちいち本気にすんなよお前は、やりにくいな。沼者は単に心配性なんだよ、知ってんだろ、そのくらいのこと」
「そりゃ知ってるよ。でも、あんたが言うと冗談に聞こえないんだよ、それに…」
小野寺は帆足の横顔を睨みながら、その心配性を差し引いても…、と言おうとして、口を噤んだ。これ以上何を言っても無駄だ、相手が悪い。
幹部に与えられている権限は誰も等しく同じだが、それは序列が存在しないということではない。帆足は幹部の中で一目置かれる存在であり、小野寺の口から真面目に考えろなどと言うことはできない。
もっとも、言ったところで聞かないだろう。帆足が自主的に頭を使ってくれるのは、いかにして目的を達成するか、その手段を考える時だけだ。彼は自らに課された任務の意図についてあれこれ考えることはない。
ある種、気楽な性格だ…、と思いながら小野寺は、帆足の吊り目に視線をやった。
いつ見ても腫れぼったく、無愛想な目だ。何を考えているかわからない。
そして、その目のすぐ下、頬骨のあたりに、くっきりと裂傷の跡がついている。頬だけではない、腕や胸、至るところ傷だらけ。
この全身に残る傷跡は、これまでに彼の潜り抜けてきた幾千の戦いによって刻まれたものだ。
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