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「…そんなところがあるとは、気づきませんでした。自分が見受けた永川は、もう少し、なんというか、その…、年相応よりも幾分、苦労をしているような印象があったものですから…」
老けている、という表現をどうにか避けて、森野はあたふたと喋った。今ここにいない永川に対して陰口をたたく行為は、真正直な森野にとって少しばかり憚られたのである。
「…ああ、するともしかして」
少し考えたのち、倉は合点がいったらしく、視線を森野に戻して言った。
「勝浩とは、智徳師匠の道場で?」
「ええ、そうです」
正確にはそうではないが、そこらへんの細かいところは今は重要でないので、森野は大雑把に肯定した。
「なら、納得がいきます。お師匠さんの前ではいつも、びっくりするほどいい子にしているので」
「びっくりしますか」
「しますね。人が変わったようです」
寺へ来てからの永川の横暴ぶりに森野は驚いたが、実のところ、今まで自分が見てきて、なんとなくその形を理解しはじめた永川の姿こそが…、虚像にすぎなかったということなのか。
「そんなにも…、いやはや、わからないものですね…」
「まあ、そんな顔をなさらないでやって下さい」
衝撃を受けて固まる森野を見て、倉は苦笑した。
「あの子はわかりやすいですよ。お師匠さんの前でしおらしくしているのは、お師匠さんが自分よりも強くて、尊敬しているからです。
その点、私なんかには敬意を払うべきところがひとつもありませんから、仕方ありません」
「何を仰る。そういう問題ではない。あなた、お兄さんでしょうが。それだけで、敬意を払う理由になります」
「本来的にはそうかもしれませんがね。どこかで教育が間違ったのでしょう」
「…少し無責任な仰りようでは」
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