225
☆ ☆ ☆
室内に戻ってまず森野は前田に訓練の顛末を報告したかったが、空腹ですっかり不機嫌な前田がそれは後で聞く風呂に入れと言うので、
当然、有無を言う暇もなく、森野はそれに従わされた。
脱衣所で服を脱いでいると、外から鶏を絞める声が聞こえてくる。「鶏を絞めるような声」とは時折使われる表現だが、実際にその声を聞くのは森野もドアラも初めてだ。
「ظح、ظإهينسئلاخةهو(な、今のってさっきの鶏)」
「ظار、ظارءصغزپة、ظشةانطخاى(ちょ、ちょっとやだ森野さん、ビビってんの)」
「حالاهيتضى、كأنؤ(そ、そんなことないぞ、別に)」
「……」
「………」
「علنرژگلكخهحعربون(い、いいから早く入ろうよ)」
なだれ込むようにして戸を引くと、風呂場は思ったよりも広く、ほのかに木の香りがする。軍の宿舎はもちろん、森野の自宅の風呂とも違う。まるで旅館のような風合いだ。
「おお」
「معكماك(わあ)」
冷えた身体を充分にあたためたのち、洗い場へ上がって手ぬぐいに石鹸をこすりつけつつ、森野はふと浴槽を見た。
充分な広さがあるとはいえ、森野とドアラが一度に浸かったために中の湯がだいぶ流れてしまっているが、とりあえず森野は見なかったふりをした。
やがて、永川が包丁を扱うリズミカルな音が聞こえ始めた。台所に隣り合っているため、まな板を叩く高音がよく響いてくる。
「چب٣ئىخن、علهيإن(永川は凄いよなほんとに、何から何まで)」
群青色の毛並みの揃ったドアラの背中をごしごしとこすりながら、森野はつぶやいた。
[NEXT]
[TOP]
[BACK]