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自分の部屋でもないのに笑顔でどうぞと言う新井になんとなく従い、荒木はそのままなんとなく部屋の中へ通された。
なるほど確かに謙遜ではなく、中は汚い。しかし現在の戦況ではおそらく、きれいに整頓された部屋など、この宿舎にひとつもないことだろう。
皆が自分の持った職務で手一杯だ。部屋を片付けている暇などあるわけがない。
新井がババ抜きしか知らないというので、三人でそれをやる事にし…、三巡目の勝負もそれぞれ手札が少なくなってきたところで、不意に上田が口を開いた。
「大尉、そろそろ」
その言葉に、荒木はドキリとした。
…冷静に考えてみれば当然だ、部屋に招かれたからって何を歓迎された気になっているんだ、俺は。
上官にトランプやろうとか言われて断れるはずがないじゃないか。新井はともかく、上田ははじめから俺とトランプがやりたいはずがない。いや新井だってそうだ。部下に気を遣わせてしまって…、…バカだ、俺は。
しかし…、これが終わったら帰るよ、と荒木が口にするよりも前に、上田が言葉を続けた。
「御用向きをお聞かせ願えませんかね」
うつむいていた荒木は驚いて思わず顔を上げた。
「え、御用ってトランプじゃないんですか」
「バカ、お前は黙ってろ」
目を丸くする新井を制し、上田は荒木の目をじっと見据える。その眼力に思わず荒木は気圧される。
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