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そんなことではいけないのだろうが、一度浮かんでしまった考えを意識から追い出すことは難しい。しかも自分自身あまり気持ちの切り替えが上手くないことを荒木は知っている。
こんな時は誰かと少し話でもしたらいいのだろうが…、そもそも森野の失踪自体が機密事項で、迂闊に人に話せない。
…仕方ない、もう今日は早めに寝るか、と思ったところで、ふと荒木は足を止めた。
上田の部屋だ。
近づくと、話し声が聞こえる。テレビの喋る声に混じって、上田と新井の声がする。
上田は森野の片腕として働く人物で、今回も森野が名古屋を後にするにあたり弟子の新井を託していった、ということは…、今回の事情も何かしら知っている可能性がある。
加えて、二人とも、今日からは荒木の指揮下に入っている。彼らが自分をどう思っているのか。
これからいつまでになるかわからないが、当面の間は生死を共にしていく仲間だ。考えが知りたい。
どうしようか。話してみたい。しかし非番の時間帯にまで仮にも上官である自分が訪ねていくのは迷惑だろうか…、考えるまでもない、迷惑に決まっている。
ああどうしよう。部下と腹を割って話しておくのは必要だよな。そういうとこから信頼関係が生まれると思うし。でも向こうも疲れてるよなー、いきなりウザイ奴と思われるのもやだし……。どうしよう。
そうしてどのくらい部屋の前で逡巡していただろうか。荒木が未だ態度を決めかねていると、突然ドアが勢いよく外へ開き、荒木の額と鼻を打ちつけた!
「あいたっ」
「あ、荒木大尉っ!?」
中から飛び出してきた新井が驚いて頓狂な声を上げる。
「も、申し訳ありません!そこに大尉殿がおられるとは、知らずっ」
「い、いや、いいんだ、当り前だ」
廊下に響き渡るほどの大声で謝罪する新井を制し、荒木はぎこちなく笑顔を作ってみせた。
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