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照れ笑いのような表情を浮かべながら、青木は似合わない言葉を続ける。つい先刻、獲物の買取価格を巡って激しい闘いを繰り広げたことを思い出しながら、永川は曖昧な返事をして頭を掻いた。
「あの子見てるとさ、初心に還らされる気がするよ」
その言葉を聞くに、どうやら青木も、山崎の影響を少なからず受けたものらしい。永川にとっての山崎は、つきあいの長い、それこそ弟のような存在だから、当然山崎にも、その時によって様々な表情があることを知っているが、
初対面の青木にとって今日の山崎のあの純真さは…、一種衝撃的ですらあったのだろうことは想像に難くない。
「まあ、還るつっても…、俺とかキミにもあんな感じの初心があったのかどうかは、分からないけどさ」
「あったんじゃないのか。もう、忘れちまったけど」
「そう、…だね、もう、忘れちまった、な」
青木は細切れに言葉を紡いで、それから小さく鼻を鳴らして笑った。
その表情を永川は少しの間見つめ、それから視線を床へ落とした。
一度道を外れたら、もう平穏な暮らしには戻れない、それは先刻青木自身が口にした言葉だ。
同様に、一度動き出したものは、もう元には戻れない。
「…で、話って何」
「ああ、それだ」
しばらく続いた沈黙を破り、青木が尋ねる。こうして話を振られるまで本当に忘れていたらしく、永川は、ぱん、と手を叩いた。
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