093
いっぽう、道場を出た永川山崎は、三次市街へ向かってだらだらと続く、舗装された坂道を降りていた。
「名古屋さんてば、目ぇキラキラしとったな。お師匠さんのファンなんやろか」
胴着に羽織に破れ袴のいでたちで、両手を頭の後ろへ組み、草履代わりの季節外れなビーチサンダルの足音をぺたぺた鳴らしながら山崎がつぶやく。
「そうなんだろ。軍人のあいだじゃ有名だからねあの人は。やまちゃんは知らないだろうけど、昔は戦争があるたびにいくつもオファーが来るような売れっ子だったんだぞ」
肩から鞄をかけ、愛用のライフルを背負った永川が、ポケットに手を突っ込んだまま言った。その答えに山崎がたちまち食いつく。
「へぇー。そんなん知らんわぁ。やっぱ傭兵さんって儲かるの?」
「…そりゃ、お師匠さんくらいになればな。だってねぇ、あの道場買って改装して、一生ダラダラしてても暮らしていける金があるわけだろ?
報酬もめちゃくちゃ高かったんじゃないのかな」
「あぁー、そやなぁ、そー考えるとすごいわ。ナーはやらんの」
「やらんの、ってそんな。お師匠さんみたいな化け物と比べられても困るよ。それに戦争がどんなもんかなんて、お前のほうがよく知ってるだろ」
軽々しい山崎の問いをとがめるように、永川は眉をひそめて言った。しかし山崎は反省するどころか口をとがらせて反論する。
「なんやねん。やれ言うとるんちゃうわ、選択肢の話しとるだけやのに。感じわるぅ」
これはつまり、もう少しわかりやすく言うのなら、倫理的な問題を置いて、その選択肢はアリかナシかという他愛のない質問だ。
「俺はやらないよ。ちょっと間違えたら脚一本失くすような仕事なんて。いや、それで済めばいいけど、死ぬかもしれないじゃん」
冗談じゃないとでも言いたげに、永川はポケットから出した右手をパタパタ振って否定した。
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