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パオロン、とは字を『宝龍』と書き、民間伝承では幸運をもたらすとも言われている種族だが、こうして人に懐くことは珍しい。
「いや、私はそんな大したものじゃないさ。それに、この子はまだ子供だ。一人前の龍になる頃には、私はとっくに、この世にいないだろう」
李は笑いながらそう言ったが、その言葉にパオロンは表情をさっと曇らせた。
「父様。それは言わないで、って、いつも…」
恐らくは李の言うとおりだろう。シャオロンパオロンはある種の龍の、子供の間の仮の姿と言われ、それも人の腕に抱けるほどの大きさとなれば、まだ相当に幼いことが推察される。
龍が一人前になるまでには短くとも百年以上を要することを考えれば、いまここにいる誰も、彼女の立派になった姿を拝むことはきっと不可能だ。しかし。
「ああ、そうだったな。すまない」
李はやはり笑ってパオロンの頭を撫でた。その時が来るのは随分先の話になるに違いないが、龍の時間を生きるパオロンにとって、それは、あるいは…、
自分の子供だった時代と同じように、またたく間に過ぎ行くものなのかもしれない、と井端は思った。
「御主人。俺はあんたより先に死ぬが、俺がいなくてもしっかりやれよ」
パオロンの気持ちを思い感傷的になりかけた井端を、マックスが現実へ引き戻す。
「お前は万が一こっちが先に死んだときの心配でもしておいたらどうなんだ」
井端は少しムキになって言い返すが、マックスは鼻をフンと鳴らして、こう答えた。
「なに。その時は荒木の厄介にでもなるから、問題ない。あいつは気の優しいのだけが取り得だからな」
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