067

渡り廊下を歩いて行くと、ほどなく道場に着いた。かつては神社の本殿であった場所で、造りはその面影を随所に残している。
その道場の隅に腰をおろすと、前田は永川を呼びつけ、何事かを耳打ちした。永川はそれに応え、いくつかあるうちのひとつの扉の奥へ消える。
「いまナーが必要なもんを持ってくるけぇ、身体でもほぐしておきんさい」
ふと見ると山崎は言われんでもすでに床へ座り込み、ストレッチを始めている。
その姿を森野は頭上から見下ろし、改めて観察した。どう見ても永川や自分とは体格から違う。
身の丈こそ自分と変わらないが、身体の線はふた周りほども細い。目方はおそらく10キロは違うだろう。
それだけを考えてもこの対戦は森野の有利だ。それなのに…、なぜ永川ではないのか。
普通に考えれば山崎が互角の相手だと前田が見立てたからに違いないが、森野も軍人であり、日々身体は鍛えているし、
武道も鍛錬の一環として行っているから、剣と言われても徒手と言われてもそれなりの自信はある。
対する山崎は…、体格は先に述べたとおり、かつ、お世辞にもあまり厳しく鍛えられている様子がないが、果たして実力はいかほどのものなのか。

そんなことを考えていると、ほどなく永川が駆け足で戻ってきた。手には何か棒のようなものを一本持っている。
「1メーターくらいの棒って、こんなのしかありませんでしたけど」
「おお、これで充分じゃ、ご苦労。それを名古屋さんに」
「これを?」
永川が怪訝そうな顔をしながらその手に持ったものを森野に渡しに来る。
「はい、これ」
それは、藤製の布団たたきだった。


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