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ひと通りのことを喋り終えたらしく、前田は黙った。永川は相変わらず俯いたまま顔を上げない。致し方ないことだと森野は思った、このあたりのことが永川にとって、あまりほじくり返されたくない記憶なのであろうことは容易に想像がつく。
話によれば子供のころから兄弟同然に育てられ、一緒に厳しい修練に耐えてきた、唯一無二の存在であろう友の蒸発、そして、やがて耳に入ったのは、最悪に近い形での消息。
加えて、そのスラィリーマスターの出現により、スラィリーと人間の関係は、にわかに激変してしまった。当然、永川が背負ったものの重さもまた、桁違いに跳ね上がったのだ。
「…ま、そういうわけでだ…、俺はちょっと、死ねない立場になっちゃっててさ…、それにね、もうひとつ理由があって…。
スラィリーマスターってのは、広島の民話やら昔話にはたびたび登場するけど、
実は有史以来、たしかに存在したっていう信頼できる記録は、どこにも残ってないんだ。
古文書の記録が歴史のすべてだなんて、勿論、俺も思わないけど…、あんたもドアラマスターだったらわかるだろ。あれを手なずけるのは、無理だって」
「確かに」
永川の言葉に、森野は確信をもって同意する。
「マスコットマスターにとって一番大切なのはマスコットとの信頼関係だからな。俺はドアラのことしかわからんから、ドアラの例で言うと…、
まず前提としてドアラに好かれやすい、という天性の素質は必要だが、その後マスターと呼ばれるまでになるには、多くの時間を共有しなければならない」
「そうだろ。実際あいつは子供のころから、トンビやら猫やら、動物を手なずけることは異様に上手かったけど、
だからといってそれだけで、そもそもがあんなに凶暴なスラィリーを自在に使役できるほど飼い慣らすなんて、普通はできないはずなんだ。
それがなんで、しかも、何頭も一度に動かすような真似ができるのかって考えると、例の秘術をなんらかの形で使ってる可能性が高いなあ、と」
「ふむ…」
「だとすれば、その術を破れるのは、同じ秘術を覚えさせられた俺しかいないってことになるわけでさ…」
「なるほど…」
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